武士道と騎士道

ブログ本文の『ふじ学徒隊』に関する文章の中で,小池隊長が学徒隊員たち全員に無事の帰還を命じたことが日本の伝統的風習に照らして信じ難い行為といったことを書きましたが,ここで云う日本の伝統的風習とは,婦女子たちのような弱者の命より,自分たちの名誉や,主君(近代日本においては国家,特に国体と称される実体が不明瞭な観念的存在)や自分たちが属する家系の名誉を最優先とし,必要によっては,婦女子であろうとも,その命を絶つ事をも厭わない姿勢のことです.具体的には,私たち日本人の,現代まで続く精神的伝統ないしは習性をまざまざと映し出している『仮名手本忠臣蔵』に織り込まれている様々なエピソード(ほとんどが架空の物語ですが)によって示されるとおりです.例えば,七段目では,大星らによる高師直の殺害計略を偶然知ってしまったおかるの命を,実の兄である寺岡平右衛門は奪おうとします.また,『仮名手本忠臣蔵』では,十段目において軽く扱われるだけですが,浪曲などにおける天野屋利兵衛(『仮名手本...』では 天川屋義平)の物語においても,大石らに武器を供給した容疑で逮捕され,大阪西奉行所で松野河内守直々に拷問を受け(普通はありえないと思いますが)自白を強要された際,そのために利兵衛の子供まで拷問が加えられます.(石川五右衛門の,子供と一緒に処刑されるシーンを思い出しますが.) そして,子供へのものも含め,利兵衛への拷問を中止したのは,決して子供に対する思いやりなどではなく,このまま自白を強要した結果,もし利兵衛が白状するに至れば,大石たちのこれまでの努力が水泡に帰してしまう,それは何としても避けさせてやりたいという気持ちからでした.河内守は,将来,自分が利兵衛を自白させられなかったために,大石率いる赤穂の浪人四十七士によって吉良上野介が殺害された後,自分の取り調べが不十分であったためという批判がなされた場合の切腹をも覚悟します.浪曲の中で,河内守は,「人は一代,名は末代.何で惜しかろこの命」と言い切る程,主君の名誉のために殉じることを厭わない大石たちの計画に無条件で賛同しているのです.それは,同じ武士というカテゴリーに属するものとしての共感からでした.

こうした,自らが属する社会集団の名誉を守るという行為は,その物理的存続の保証を得るためのものです.今日でも,日本人の大多数は非常に強く御霊信仰に支配されていますが,そこでは,自分たちの先祖,あるいは,自分が所属する社会集団を過去において構成していた人々(故人)は,私たち,現世を生きている人間たちの行為によって,とりわけ情緒的に影響を受け続けると考えられています.彼らは,すでに彼岸の住人であるとはいえ,私たちの行動を観察しつづけ,私たちがとった言動や行動で感情が害された場合,私たちの生活や人生に好ましくない影響を及ぼそうとするという信仰です.簡単に云ってしまえば祟りです.その祟りを避け,集団の存続を確実にするために,必要とあれば婦女子だろうと,それ以外の弱者だろうと切り捨てる,このような精神的土壌では,少なくとも彼らの命をなんとしても守ろうという考えは,自然に芽生えることはありません.個人より集団の存続が優先するという姿勢が私たちのDNAの中には克明に刻み込まれているのです.そのこと自体の善悪は別として.

上述した日本人の性向は,忠臣蔵を例にして示した通り,当然,武士道の根底にも存在します.それどころか,神道(特に古神道)ほか,日本のあらゆる意識化された精神文化の土台そのものだと思います.

ところで,武士道とよく比較される西洋の騎士道ですが,こちらもことさら美化するつもりはありませんが,その由来や動機はどうであれ,婦女子や弱者を守ろうとする姿勢が存在することも事実です.*1) ホイジンガによると,中世の騎士道の伝統は,やがて17世紀にはフランスの貴族によって受けつがれ,さらにそれは,英国のジェントルマンシップによて引き継がれたそうです*2) 広い意味でゴシック文学に含まれる,サー・アーサー・コナンドイルのシャー ロック・ホームズシリーズ(1887-1893, 1901-1927)*3)や同時期に書かれたブラムストーカーの『ドラキュラ』(1897),また,『ドラキュラ』の原型とも云われるシェリダン・ル・ファニュの『カーミラ』(1871) などの物語を良く眺めてみると,確かに,その中では,冷酷な殺人鬼や忌まわしい吸血鬼に命を狙われる女性を,複数の男性が協力し,命がけで守ろうとする様子が描かれています.*4)

ある意味で,西洋の騎士道は,血の気の多い男性たちのややもすると暴走しかねない振る舞い*5)を制御するために,多かれ少なかれキリスト教会の干渉によって作り上げられたルールシステムとも云えるでしょうし,また,教会は,そうすることで,自らの権威を高めるために役に立つ,言わば都合の良い戦士を育てようともしたとも云えます*6).ただ,ホイジンガが指摘していることですが,騎士道の根の部分を形作っているのは,かなり多くの男性が,恐らく人種や国籍を越えて持ち続けている,すべての怪物と見なされるものからの,それに囚われている女性の救出という,神話の題材にもなっている素朴な願望,もしくは夢であるという見方にもうなづけます.*7) そうした英雄的行為が唯一の創造主である絶対神から与えられた使命,あるいは,少なくともそれに含まれるという確信,つまり信仰とも呼べるものが中世の騎士道の根幹をなしているといってよいのではないでしょうか.

いずれにせよ,元々分析的であり,体系化志向が強いギリシャ哲学と直線的歴史観と唯一神との書面(聖書)による契約という二つの大きな特色を持つユダヤ・キリスト教文化が絡み合って出来上がった西洋の精神文化と,選択的であり,且つ時間的空間的意味に於いて限定化志向が強く,農耕定住民族としての環状的歴史観に支配され,柳田国男氏が云うところの,先祖の霊の融合体である氏神,若しくはそれに相当するものとのあくまでも情緒的関係が,最終的に個人および集団がとるべき行動を決定する我が国の文化との間には,相当な隔たりがあることは事実であり,そのため,極めて単純で限定的な試みでしたが,上で比較したように武士道と騎士道の内容も,少なくとも婦女子や弱者に対する姿勢においては,凡そ異なるものであったとしても不思議なことではないのです.

であるからこそ,ブログの本文で述べた,二人の軍医(勿論,こうした例が他にもあった可能性は十分考えられますし,そう祈っています)の取った行動が際立って美しく高潔なものに見えるのです.


*1) 例えば,J. ホイジンガ著,堀越孝一訳『中世の秋』, 1971,東京,中央公論社,p168
*2) ibid. p224
*3) ファンにはよく知られている事だが,我らが名探偵は,宿敵モリアーティ教授と共にスイス,ベルン州マイリンゲン(Meiringen)近郊ライヒェンバッハの滝(Reichenbachfall)にて転落死したはずだったが,ファンのみならず,作者コナンドイルの母親の熱望に応え,『シャーロック・ホームズの復活』("The Return of Sherlock Holmes")で復活する.
*4) 日本のゴシック文学とも云える,三遊亭円朝作の一連の怪談だが,『牡丹灯籠』にせよ,『乳房榎』にせよ,『忠臣蔵』同様仇討ちの話.日本人にとって討ちは,殺された人のための鎮魂儀礼と考えられる.仇討ちがなされない『真景累ヶ淵』などでは,自殺した豊志賀の怨念によって多くの人が死ぬ,つまり,とり殺されることとなるが,その場合,仇討ちを行うのは死者自身.日本において,死刑の存続が根強い支持を得ているのも,その辺りに理由があるのかもしれない.
*5) さまざまな集団競技,なかでも,喧嘩をしているのだか,サッカーをしているのだか判らないフィレンツェのle calcio storico florentino(フィレンツェの歴史的サッカー,サッカーの原型と云われる)や狐狩りなどのスポーツ化された狩猟行為などは,そうした制御機構が確立されて今日に至っているものの例と云える.
*6) 例として,様々な騎士団の結成や十字軍などが挙げられる.
*7 ) ibd. pp172ff



ライヒェンバッハの滝付近 ホームズが転落した場所に白星が

ライヒェンバッハの滝

ライヒェンバッハの滝から下を望む

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