Tuesday 21 August 2012

憧れのドイツ蒸機三形式(おまけ)

ノルトリンゲンの鉄道博物館の売店で購入したステッカーですが,先ほど画像を掲載したもののほかに,もう一枚だけ,41形を描いたものが手元に残っていました.(かなりの枚数を購入したのですが,この4枚を残して,ほかは皆知り合いの鉄道愛好家たちに配ってしまいました.)

BR41(Rekolok)

41形は,車軸配置(1'D1')と1600mmという動輪直径から判るように,貨物用機関車で,なかなかスマートな容姿をしており,どちらかというと好きな機関車の中に入ります.シリンダーの数は2つ.画像の機関車(ノルトリンゲン鉄博所蔵)のプレートには41 1150とありますが,これは,旧東ドイツ国鉄の所有機*1)で,Rekolok (Reconstructed Locomotiveの意)といわれる,ボイラーを新しいものに交換したマシンです.(もともと41形のボイラーには問題がありました.) 製造番号の最初の1は1970年に東独国鉄によってEDV番号(電算処理番号)が導入された際に付記されたもので,それ以前の製造番号は150でした.なお,西独国鉄(DB)におけるEDV番号の導入は1968年ですが,東独国鉄(DR)の2桁の形式番号+4桁の製造番号+1桁のセルフチェックディジットと異なり,3桁の形式番号+3桁の製造番号+1桁のセルフチェックディジットとなっています.その際,重油燃焼方式に改造されていたものは042の番号が,他のマシンには041の番号が与えられました.

1'D1'という車軸配置は,アメリカではミカド形と呼ばれますが,貨物用機関車では1'Eが支配的なドイツの帝国鉄道時代のマシンの中では異色といってよいでしょう. *2) ともあれ,上掲のシールから判るように非常にエレガントなシルエットを持っています.これは,ボイラーの仕様が美しい急行旅客用機の03と実質的に同じであり*3),その最下レベルが殆ど歩行版と同じ位置であることによるのではないかと思っています.この機関車の面白いというか,ユニークなところが動輪の軸重を18トンと20トンとに自由に変更出来るということでした.なお,問題があったSt 47 K鋼製ボイラーから改良形のSt 34鋼製ボイラーへ変更されたマシンの場合,前者の22.7トンから後者の25.5トンと重量が増加するため,動軸重が20トンを超えないように必ず18トン側に設定することが指示されていたそうです.*4)

この41形は,本来急行貨物用機として開発された機関車でしたが,その素晴らしい性能の故に,特に1950年台に各地で急行旅客列車など*5)の牽引にも用いられました. その中にはラインゴールド号やローレライ急行も含まれていて,これらの有名な列車も,1954の秋に23形がバトンを引き継ぐまで41形が牽引し,また,北ドイツのシュレースヴィヒ・ホレシュタイン州においてもノース・ウェスト急行,オランダ・スカンディナビア急行,イタリア・スカンディナビア急行なども牽引しています.*6) また,トルコに輸出されたヘンシェル製の11両(トルコ国鉄46051〜46061*7))は,1937年から30年間基軸幹線であるイスタンブール,アンカラ間のスターエンジンとして活躍しました.*8)


2013年5月12日にスイスのジサッハで開催されたSLデーに特別列車を牽引して駆けつけたバイエルン州の技術記念物(Technisches Denkmal)の41 018.高性能ボイラーに変更され,動輪軸重は18トンに設定されている.重油燃焼式に改造されたためEDV番号は042 018-2のはずだが,ナンバープレートは改造前の番号を記したものがつけられている.(二枚とも)

ドイツの蒸気機関車の中で車軸配置から視て異色といえるもののもうひとつにエレガントな高性能機23(東独国鉄によって開発されたヴァージョンは35)形があります.1940年代,不足していた中速旅客列車用として開発された形式で,車軸配置は国鉄のC58形と同じ1'C1',動輪直径は国鉄C57などと同じ1750 mm,そして最高速度は110 km/hです.ドイツの機関車の耳にあたるヴィッテ除煙板の名前の元となったドイツ帝国鉄道中央機関車開発局長Friedrich Witteが長年温めていたコンセプトに基づいたもので,前任の,こちらもやはりその名前が旧式の大きなヴァグナー除煙板につけられたRichard Paul Wagnerの補佐を務めていた時代,Wagnerからその開発の許可が下りなかったという曰く付きのモデルです.*9)


2013年4月27日に,ポーランドのウォルスティンで開催されたSL祭における23形.同日,ドイツのコットブスからウォルスティンへ向かう特別列車の補機を務めた.東独国鉄によって開発された新しいバージョンであり,ベースとなった旧23形と共通しているのはランニングギアのサイズくらい.新バージョンであることを表すため形式番号は23.10とされた.なお,1970年のEDV番号導入以降,当機には35 1019-5の番号が与えられている. (二枚とも)





*1) ノルトリンゲン鉄道博物館には,多くの旧東独国鉄所有の機関車が保存されています.
*2) 1'D1'の車軸配置を持った機関車は,バイエルンやザクセンなど旧領邦鉄道に属していたものにいくつか,また,タンク機関車にも存在しています.詳しくは,こちらのポストをごご覧ください.
*3) パイプ長6.8 m; 過熱管85本; 煙管20本
*4) "Alleskönner mit "Handicaps" in Baureihe 41, Eisenbahn JOURNAL, Special, 1.2013, pp25, 40
*5) D-Zug(急行), E-Zug(地方急行), F-Zug(長距離急行)なお,こうした列車種別は必ずしも今日のものとは一致しません.
*6) "Vom Main bis zur Küste" in Baureihe 41, Eisenbahn JOURNAL, Special, 1.2013, p50
*7) トルコの蒸気機関車の形式番号は,トルコ式の車軸配置をそのまま記したもので,46形とは総軸数6本,動輪軸数4本という意味.スイス式の4/6に相当します.詳しくはWikipediaの車軸配置の項のフランス語のページをご覧下さい.

*8) "Fuhrmeisters Heimreise im Smmer 1939 Teil 2 (Basra - Hamburg)" in BAHN Epoche, 04 Herbst 2012, p42.なお,トルコの鉄道に興味をお持ちの向きにはこちらのサイトがお薦めです.
*9) 後年,二人の間にはなにかと反目があったようです.Wagnerはドイツ帝国鉄道のEinheitslokと呼ばれる統一規格の機関車の生みの親ですし,Witteも革新的な戦時形機関車の52を開発するなど,どちらも優秀なエンジニアだったため,やむを得ない部分も合ったと思いますが,何分二人ともドイツ人ですから...cf. Friedrich Witte in Wikipedia

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